【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#47 ミュージシャン・つのだ☆ひろの言葉

仲村瞳の歌謡界偉人名言集

作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、バンドマン、振付師、……そして、歌手。きらびやかな日本の歌謡界を支えてきた偉人たちを紹介するとともに、その方々が発したエネルギー溢れる言葉を伝えます。常軌を逸した言動の裏に、時代を牽引したパワーが隠されているのです! このコラムで、皆様の生活に少しでも艶と潤いが生まれることを願います。

音楽というのは心を伝えるものです。極端な言い方をすれば誰かになにかを伝えたいという心を持っていない人はやらない方がいい

『やいまタイム/やいまインタビュー』(情報やいま 2008年5月号)より

※「音楽をやっていく上で一番伝えたいことは?」というインタビュアーの質問に対しての言葉。つのだ☆ひろは、音楽専門学校『ワイルドミュージックスクール』の校長を務めており、「自分の心を伝えるための道具にあたるのが技術」で、「心技体が大切」だと教えているという。「音楽で成功したいという若者が志半ばで挫折していく姿も見ます。挫折する子を少しでも減らし、音楽の世界に携わる人を一人でも増やしたい」という言葉にも、教育者としての強い想いが込められている。

つのだ☆ひろ(つのだひろ)
1949年8月1日生まれ、福島県東白川郡出身。ドラマーとして、高校時代からプロとして活動を始める。1960年代後半からジャズ・ピアニストの佐藤允彦をはじめ、渡辺貞夫、岡林信康、ジャックス、フライド・エッグ、五つの赤い風船、サディスティック・ミカ・バンド、浅川マキ、加藤登紀子、中島みゆき、矢野顕子など、錚々たるミュージシャン達と交流し、日本を代表するドラマーの一人として数えられるようになる。1970年、ギタリスト成毛滋とともにストロベリー・パスを結成。1971年に、つのだがソロ歌手としてデビューした「メリージェーン」はもともと、ストロベリー・パスのアルバム『大烏が地球にやってきた日』の収録曲だった。作詞・作曲家としても、清水健太郎の「失恋レストラン」、南沙織の「街角のラブソング」など、多くの歌手に楽曲を提供している。