歌手で俳優の萩原健一が死去、享年68

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グループサウンズのザ・テンプターズのボーカルとしてデビューし、歌謡界はもとより、テレビ界、映画界において多くの伝説を残す萩原健一が、2019年3月26日、GIST(消化管間質腫瘍)のため死去した。

1967年、ザ・テンプターズのボーカリストとして、「忘れ得ぬ君」でレコードデビュー。1968年に「エメラルドの伝説」、「神様お願い!」など、次々と大ヒットを飛ばして絶大な人気を得る。1970年にザ・テンプターズが解散。その後に、井上堯之、大野克夫、岸部一徳、大口広司らと、ロックバンドPYGを結成する。沢田研二とのツインボーカルで話題となった。1972年にPYGの活動を停止。

映画監督を志し、映画『約束』(1972年)に助監督として参加する。そこで、たまたま元の主演俳優が降板してしまい代役に抜擢され、演技が高い評価を得ることとなる。その後は、テレビドラマにも活躍の場を広げる。『太陽にほえろ!』(1972年~1986年)をはじめ、『傷だらけの天使』(1974年~1975年)、『前略おふくろ様』(1975年~1976年、1976年~1977年)などで、名演技を披露。野村芳太郎監督の『八つ墓村』(1977年)や黒澤明監督の『影武者』(1980年)など、日本の名作映画においてもその実力が発揮された。

1975年には、ソロで音楽活動を再開。アルバムの『惚れた』、シングルの「お前に惚れた」と「大阪で生まれた女」、柳ジョージ&レイニーウッドがバックを担当したライブ盤『熱狂雷舞』をリリース。2008年には、宇川直宏による音楽ユニットUKAWANIMATION!のデビューシングル「惑星のポートレイト 5億万画素」に参加。宇川が作詞、石野卓球が作曲・プロデュースを手掛けた同曲のボーカルとブルースハープを担当し注目を集める。

2011年、モデルの冨田リカと結婚。「ジェットコースターのような人生だったけども、今後は2人でメリーゴーラウンドのようなゆっくりした人生を歩みたい」と語り、まさにその通りの穏やかな生活ぶりとなった。

デビュー50週年の2017年にはスタジオライブアルバム『LAST DANCE』をリリース。2018年にはレコードレーベル「Shoken Records」を設立。22年ぶりとなるシングル「Time Flies」をリリースした。晩年は、芸能活動の傍ら仏教研究に勤しんでいたという。

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◆萩原健一 オフィシャルサイト