作曲家・編曲家の東海林修が死去、85歳

中尾ミエの「可愛いベイビー」(1962年)やテレビ番組『笑点』のテーマ曲の編曲で知られる東海林修が、2018年4月30日、悪性リンパ腫のため死去した。

1960年代に、多くの洋楽カバーポップスを編曲。1964年に編曲したザ・ピーナッツの「ウナ・セラ・ディ東京」が大ヒットする。当時のテレビ番組『ホイホイ・ミュージック・スクール』や『シャボン玉ホリデー』などの音楽を担当。

1960年代後半から70年代にかけては、ザ・タイガースやザ・ワイルドワンズなど、グループサウンズの楽曲の編曲を多く手掛ける。1973年、沢田研二の「危険なふたり」の編曲を担当。同曲は、第4回日本歌謡大賞と第15回日本レコード大賞・大衆賞を受賞する。他に、トワ・エ・モアの「或る日突然」(1969年)やアグネス・チャンの「ポケットいっぱいの秘密」(1974年)など、膨大な数の編曲を手掛けている。

作曲家としては、伊東ゆかりの「愛するあした」(1969年)、ヤング101の「怪獣のバラード」(1972年)、野口五郎の「愛の肖像」(1974年)や「コーラスライン」(1980)、菅原洋一の「愛の嵐」(1974年)、ヒデとロザンナの「さらば愛の季節」(1977年)など、多くの楽曲を世に送り出す。

作曲や編曲だけでなく、シンセサイザー奏者としても大きな功績を残し、日本の歌謡界に多大な影響を与えた人物である。

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