ジャッキー吉川とブルー・コメッツのジャッキー吉川が死去、享年81

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日本のグループ・サウンズ(以下、GS)を牽引した、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ(以下、ブルコメ)のドラムスであり、リーダーのジャッキー吉川(本名・板岡公一)が死去した。2020年4月20日に群馬県内の自宅で倒れているのをマネージャーが発見し、死亡が確認されたという。

ブルコメは、「ブルー・シャトウ」(1967年)、「草原の輝き」(1968年)、「虹と雪のバラード」(1971年)などの楽曲で広く知られるGSバンドである。

1938年8月1日生まれ、東京都八王子市出身。高校時代にジーン・クルーパに憧れ、独学でドラムを習得。高校2年でブルー・コメッツにバンドボーイとして加わり、1966年にブルコメのバンドリーダーとなる。

1966年、ボーカル入の楽曲としてはデビューシングルとなる「青い瞳」が売上50万枚を超える大ヒットを記録。同年、内田裕也、尾藤イサオ、ザ・ドリフターズらとともに、ザ・ビートルズの日本公演の前座を務める。

1967年、「ブルー・シャトウ」が150万枚セールスの大ヒット。『第9回日本レコード大賞』にて大賞を受賞する。同年に発売された、美空ひばりの「真赤な太陽」では、演奏を担当している。1968年、アメリカの伝説的音楽バラエティ番組『エド・サリヴァン・ショー』に出演を果たす。

1972年、ブルコメから井上忠夫(井上大輔)、高橋健ニ、三原綱木が脱退し、GSグループとしてのブルコメは事実上の解散となる。2000年5月に井上が死去。

2002年、GS時代のメンバーで本格的に再結成し全国ツアーを展開。その後も精力的に音楽活動を続けていた。

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◆ジャッキー吉川とブルー・コメッツ オフィシャルサイト