コラム【伊藤美裕の歌謡遊泳】中森明菜さんについて思うこと

中森明菜さんの魅力って何だろう。

ここ数年、ずっと考えていた。私は本来“無我”の境地に佇むような歌手が好きだ。山口百恵さんやちあきなおみさんは、まさにそういう歌い手と思う。それに対して明菜さんは、私の中でそれとは全く違うところにいる、というのは、あくまで個人的な見解だけれど、自分自身の感情が心の内側で乱反射しつづけて、結果として自我と対峙している感じがあるのだ。そして、目を離せないほどに、私も含め、人は烈しく明菜さんに惹かれる。

人間の感情はそもそも、それほど単純に整理されたものではない。内に抱える様々な感情のぶつかり合いやもつれ、複雑に絡まったものがそのまま表層化したもの、それが明菜さんの歌。ただ美しいでは済まされない何かが、綺麗事というふるいにかけられず、濾過されることもなく、歌にのって、ただ目の前に突きつけられる。逃げ出せない。だって、それが人間の真実だから。リアルなものほど、息をのみ、心奪われるものはない。心の底からの共感を呼ぶから。

私はディナーショーの最終日、初めて明菜さんの生のステージを大阪で観たのだけれど、今まで録音物から感じ取っていたそうした思いをより一層強くした。それから、応援する人たちの、明菜さんへの思い入れの強さも。明菜さんが元気だと嬉しいし、弱さが少しでも見えると自分のことのように心配になる。人間の弱さや強さを含む全てを、いつだって持ちうる限りのエネルギーで示している明菜さんだから、無意識のうちにみんな何かお返しをしなくちゃ、と思うのだろう。たくさんのものを歌をとおして受け取っているから。日頃から感じていた連帯感の理由が、少しだけ分かったような気がした。

少し前のことになるけれど、明菜さんのことを身近に感じるきっかけとなる出来事があった。大学4年生の秋、「夢先案内人」をあるオーディションの歌唱曲に選んで、予選から本選に行く間にこの曲を練習していたとき、明菜さんのスター誕生に出演時の動画をたまたま観たのだ。無垢な少女だった明菜さんが「夢先案内人」を歌って、デビューを勝ち取るたった数分間の映像が、私にオーディションのグランプリを掴むイメージをはっきり与えてくれた。2曲目に選んでいたこの曲は結局披露することは無かったけれど、この時たしかに、百恵さんと明菜さんは私にとっての文字どおり、夢先案内人だった。ついでに言うと、おふたりと同じキーということで“ガラスの靴”を履いた気持ちになったりもした。

一方で、百恵さんを慕う同じ女性という意味で、世代を超えて(非常に畏れ多くも)明菜さんとは今でも同志のような気持ちでいる。一度ワンマンライヴでまるごと明菜さんの特集をして、人生をなぞったとき、率直にいうと歌の中身に引っ張られた半生だなぁと感じたけれど、宿命を受け止めて生きるその重みはステージでの存在感となり、凄まじく、はかりしれない。

デビューして来年、35年になります。こんなに歌うつもりなんてなかった。結婚して、子供を産んで…そうなると思ってた

ディナーショーで少し笑いながらも明菜さんがぽつんと呟いたこの言葉に、本当の気持ちを垣間見たような気がした。百恵さんになりたくてなりたくて、周りもそうしたくて、でもそうならず、中森明菜になったのだなぁと思う。スターがスターを生む過程をみるのが、私はすごく好きだ。同じ人には絶対になれない。その諦めに似たところから、その人の個性が輝き出す。そこが出発点だ、と教えられる。宮崎駿が、黒澤明になれなかったように。島倉千代子が、美空ひばりになれなかったように。この中森明菜というアーティストの背中を、これからも追いかけたい、と2016年の瀬に、強く思う。

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伊藤美裕

生年月日：1987年4月4日生まれ
血液型：A型
出身地：大阪府池田市
特技・趣味：バイオリン、古着屋散策
座右の銘：in dreams begin the responsibilities（責任というものは夢見ることから始まる）

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